トランクひとつで暮らす(準備編)

片づけ・断捨離をはじめて、身軽でコンパクトな生活へ。の準備記録。

同じアイテムをいくつも増やしてしまった理由。


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昨年の「片づけ祭り」を終えて、気付けばもう一年が経過。

 

その後も、リバウンドなく片づいた状態はキープできています。

片づけ祭り中、そして、その後を保つための日々の簡単な片づけの中で気付いた、 モノを増やしてしまった理由のひとつを、ちょっと振り返ってみようと思います。

 

 

◆「同じモノをいくつも持っていれば探さなくて済む」、これがかつての基準だった。

 

同じようなアイテムがいくつも出てくる、というのは、 片づけをしていると多くの人が経験することだと思います。

 

そこまで重複して同じものを持つ必要もないのに、 なぜかいくつもあるモノとして、特に顕著だったのが、 私の場合は文具類でした。

 

気に入った洋服や靴を色違いでいくつもそろえたり、とか、 似たようなキッチン雑貨をいくつも買っていた、というのは、 単純に好きで欲しかったから購入して、モノが増えていったわけで、誰もが陥りそうな わかりやすい行動です。

 

問題は、特にさしせまって必要なわけでも、ものすごく欲しくて買ったわけでもないような、 同じアイテムがいくつもあったこと。(買ったことを覚えているものもあれば、そうでないものまで様々)

 

片づけながら、何でこんなに同じようなものがいくつも出てくるんだろう、、と 自分のことなのにどこか他人事のような、時々妙な感覚がありました。。

 

で、ある時、ふいに、

「失くしやすいものや、よく使うものは、同じものを複数買っておけば、 もし失くしても困らないし、探す手間も省ける。」

 

この考え方が、根底にあることに気づきました。

 

本当にすっかり記憶の底にあったこの考え方、たぶん本か雑誌で読んだような、、どれほど昔のことなのか。

なるほどと感心し、以来無意識に、それを生活の中に取り入れてきたのだと思います。

 

今よりもずっと、何かと面倒くさがりだったかつての私。ワンルームの部屋だというのに、なぜかメモ帳やペンがすぐに手の届くところにないのがいやで、 ベッドの横、机の上、電話の横、玄関脇、バッグの中、予備用に引き出しの中にも、、というかんじで、同じような文具一式をあちこちに置いていました。

 

最初は、意識的に同じものを増やしていたのが、たぶん途中から自分でも気づかないほど、当たり前の行動になっていったのでしょう。。

今思い出すと我ながら苦笑いしたくなるような行動ですが、きっとこの考え方を知った当時は、それが、とても自分にとって有効で便利だったのだと思います。

 

(普通に考えれば、メモ帳・ノート・便箋・ペン類等々も各何十冊も何十本も必要なかったし、ものさしや紙切り用のハサミだって、5個も10個もいらなかった。サングラスを集める趣味もないのに、いくつも出てきた。。)

 

失くしたらとか、探すのが面倒とか、同じものを複数持って分散させておけば行動も楽になるとか、 そんなことが自分の基準になって、いつの間にか増えていったモノもたくさんあったことを、片づけを通して思い出し、原因を知ることもできました。

 

好きだから、欲しいから買ってしまいモノが増える、というわかりやすい理由の他にも、 私のように何か些細なことがきっかけで、意図しないモノの増やし方をしてしまっている人は、案外と多いかもしれませんね。

 


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◆今は、「モノが少なければ探さなくて済む」が基準に。

 

片づけをして、モノも気持ちもすっきりとした状態が心地よく、これが当たり前になってきた今は、 モノが少なければ探す手間も、管理する労力もかからないことを知りました。

 

かつて無意識に基準としていた行動とは、真逆の考え方と価値観。

 

今、こんなふうに思えるのも片づけに向き合ったおかげです。

 

 

 

その時々の時流や年齢によって、人の考え方、行動、よいと思う基準、当たり前と思える事柄は、いつの間にか変わっていく。

 

5年先、10年先には、今は思いつかないようなことが、自分の大切な価値基準に代わっていたりするのかなと考えると、 ちょっと不思議な気分になりつつも、楽しみでもあります。

 

片づけをしていると、自分でも意外なことを思い出したり気付いたりして、 時にニッコリしたくなるようなこともあれば、うろたえるような記憶に出合うこともあります。

 

作業中に気が重くなったり、行き詰まりを感じたりしたこともありましたが、 モノの片づけをしたからこそ、同時に自分の記憶や行動をたどることができました。

(今片づけに憤りや疲れを感じている場合でも、一歩引いて、かつての自分を観察するようなちょっと寛大な気持ちで眺めてみると、また違った視点や気づきに出合えるかもしれませんね)

 

途中どんなに大変なことがあっても、片づけには、やはりそんな不思議な面白さを感じます。