トランクひとつで暮らす(準備編)

片づけ・断捨離をはじめて、身軽でコンパクトな生活へ。の準備記録。

幸せそうにモノを所有すること、辛そうにモノを所有すること。どちらを選択するか。


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満足のいくモノとの付き合い方、所有の仕方って何だろう。片づけ祭りを終えたあとの方が、そんなことをよく考えるようになった気がします。

・第2回片づけ祭り : 4月の計画(衣類・本類)

  

今年の春から半年間と決めて行った 「片づけ祭り」 。とにかくモノを手放し減らし続けた大きな片づけ。その片づいた状態を保つためにさらにすっきりさせるために、大きな片づけ終了後も小さな片づけ(毎日気づいたときにひとつでも何かをこまめに捨てる)を継続しています。

・「祭り」後の片づけスタイルを考える。

 

日々片づけや望む暮らし方を意識する間に、漠然と気づいたことがあります。気づいたというより、なんとなくわかってはいたけれどあえて意識しようとしなかったことなのかもしれません。

それは、自分も含め世の中には、モノを嬉しそうに幸せそうに所有している人と、苦しそうに辛そうに所有している人がいる、ということ。

 

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◆モノを持つことが自分の活力になる場合も、そうでないこともある

真剣に片づけをしたり日々モノと向き合うというようなある意味特殊な期間・体験がなければ、自分でもそんなことを意識したり考えたりすることもなく、漠然と見過ごしていた気がします。

・片づけ祭り開始以来はじめて感じた「気持ちの消耗・疲労感」について考えてみた。

 

自分のことや周囲で見聞きする様々な事柄から、幸せな所有とそうでない所有があると感じるようになりました。

 

わかりやすい例で言うと、家を買うこと、車を買うこと等。特に大きな買い物は、希望や嬉しさと同時に不安もセットになる場合が多いと思います。似たような家庭環境で同じような額の家や車を購入した人がいたとしても、それらを自分のものにした後の心の持ち方で、所有の重みが変わってくるのかもしれません。

 

人の感情はそれほど単純ではないけれど、仮に単純化してみるならば。

・身の丈よりやや高い買い物だったけれど、それを持つことが人生の励みや日々の喜びを増し活力になる人なら、その人はそのモノと楽しく幸せに付き合っていける。

 

・身の丈よりやや高い買い物だった。それを手に入れたことの嬉しさはもちろんあるけれど日を追うごとにそれを持つことの重さ(長期支払・維持し続ける義務等)に対する気持ちの比重が増して、買う前の暮らしの方がずっとよかったと感じるなら、それは辛いモノとの付き合いになる。

 

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モノの価格の高低はわかりやすい例にすぎないけれど。気軽に手に入るようなモノであっても、それが実は思いの他使い勝手のよくない道具だったり、勧められて買った洋服だけど本当はあまり好みでなく着る気分になれなかったり、、そんな些細なことでも辛い所有になってしまう例は細かくあげれば無数にあるでしょう。

 

(所有とは異なりますが、形としては見えないサービスのようなものの購入にも同様のことが言える気がします。その内容に対する満足度で(快適だったりいやな気持ちが残ったり等)、今後も利用する・しないを選択したり変更できるのに、いやだなと思いながら何も対策せず同じサービスを受け続けるような行為も、感覚的には辛い所有に似ているかも。)

 

何かを購入したあとのそのモノとの付き合い方(所有の仕方)も、千差万別。そして、その付き合い方を選んでいるのは紛れもなくその人自身。モノとの幸せな付き合い方・辛い付き合い方は(その自覚があってもなくても)大抵がそれぞれ個人の自由で選択しています。(例外的なこともあるとは思いますが)

 

(そんなふうに考えると、「モノと人」「人と人」の付き合い方関わり方というのは、結構共通したところがあるのかもと思えたりして、自分の本来の性質や本心に無自覚にモノを所有したり人付き合いをすることの怖さや危うさというのも感じます。。)

 

何かを持つ所有することに重さや辛さを感じるのであれば、可能な範囲で手放したり購入しないという選択肢を思い出してみるのも大切だなと。

 

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◆少しでも辛さや苦しさを感じるものは持たない選択をする

他の人のことなら客観的に見られることも、自分のことになるとうまく判断できなかったり気づくのが遅かったりすることもあります。(私も人生の中で失敗したなと思える買い物は大小いくつもあります。。)だからこそ、これを買ったら、これが自分のものになったらどんな気持ちになるのか、本当に望んでいるものなのか等、自問してみたりイメージしたりすることを習慣的にする試みは結構有効なことだと思うのです。自分の気持ちに無頓着になることを防止できるというか。

 

大なり小なり今身のまわりにあるもの、所有しているものと心地よく幸せに付き合っていけることは、暮らしの中の大切なスキル。様々な情報に流されてしまうことも時にはあるけれど、自分にとって快適なモノの持ち方をきちんと把握して(いる・いらない、欲しい・欲しくない、快・不快、等々)、選択していくことを諦めないようにしよう(惰性にならないように)、そんなことをよく思うこの頃です。

 

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