トランクひとつで暮らす(準備編)

片づけ・断捨離をはじめて、身軽でコンパクトな生活へ。の準備記録。

小さなきっかけでモノが捨てられなくなった時期を、ふと思い出す。


スポンサーリンク

f:id:tabi8:20151028195850j:plain

ずっと以前のこと。掃除や整理整頓はしていたけれど、モノはそれほど減らせていなかった頃にある本を読んで、さらに何も捨てられなくなった時のことをふと思い出しました。

 

片づけを進めて多くのモノを手放し減らしてきた今となっては、他人事のような少し不思議な気もしますが。

読んだのはこちらの本。

 

(シリーズで他にもいくつか出版されているようです。)

 

・・・・・・・・

◆客観的に事実を知ることの大切さ

世界の人口を「100人の村」に凝縮して例え、世界における様々なデータの割合等(比較)を簡潔に挙げています。

誰にでもわかりやすい小さな数字で、豊かな国そうでない国の割合、人種の割合、インフラの普及率、エネルギー使用の割合、食糧・医療・教育のこと、、等々を見ることは、物事をリアルにそして客観的に把握しやすくなります。今自分が置かれた環境での「普通」は、世界的に見れば少しも当たり前ではない、または少数派であることなどを。

 

この本のことを知る以前、様々な出来事の延長で、日本に生まれたことはラッキーなことなのか否かなどを度々考えたりしていた時期がありました。けれど、そんな自分のしょぼい小さな考え方を後ろめたくなるような数字としての事実。

とにかく持っているものをひたすら大事にするという行動が手っ取り早く今の自分にできることだと思い込み、今思えばやや極端な行動をしていたかもしれません。

 

周りにあるモノも食べ物も全て無駄にできない捨てられない、そんな幾分強迫観念めいた思いを強く抱いていたと思います。(わかりやすい例で言うと、プレゼント・景品等でもらった使いきれないほど大量の文具類をただ持ち続けている、もう食べきれないのに無理に残さず食べようとして体を崩す、他の人がモノを無駄にする行為を見るのも辛い、といったことの積み重ねです。)

 

完全に気持ちと行動の持って行き方を誤っていました。

 

・・・・・・・・

◆気負わず自分ができることをすればそれでよい

一時期はやや極端な思考を持っていたものの、その後は徐々に冷静になりましたが。何かに影響されると、その時だけ極端な行動をすることはありがちです。かと言って、自分で自分を救えないほど心身を脅かすような生活になってしまい、モノを捨てられなくなったり、ボランティアや寄付に走りすぎたりするのも少し違う。。

 

事実としての物事は客観的に受け止めつつ。やはり基本は自分が無理のない範囲で何かを気を付けたり心掛ける(身の丈に合った募金やボランティアをする、惰性でモノを買い過ぎない、できるだけリサイクルに出す、あらゆる物事に感謝する等)、そういうことでよいのだと今は思えるようになりました。

 

あのままただ整頓だけしてもモノが捨てられず増え続けていたら、自分の暮らしに幸せは感じにくかったかもしれません。どれだけ色々考え憂いても、自分のできることは限られているのだから。

 

・・・・・

世界がもし100人の村だったら

・20人は文字が読めません。そのうち13人は女性です。

・100人のうち26人は電気が使えません。18人はきれいで安全な水が飲めません。

・13人は携帯電話を持っています。17人は家に固定電話があり18人はインターネットを使っています。

 

現在の世界人口は約72億人。2030年にはおよそ83億人にもなるそうです。日本も世界の状況も確実に変化していくけれど、大きな環境は意識しつつも日常の中で自分のできる役割を大事にしていこうと。

 

ふとしたことがきっかけでうまくモノが捨てられなくなった時期を振り返りつつ、そんなことを思いました。

 

広告を非表示にする