トランクひとつで暮らす(準備編)

片づけ・断捨離をはじめて、身軽でコンパクトな生活へ。の準備記録。

初めての片づけ祭りのあとに、向き合ったこと。


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一年ほど前に、人生初の片づけ祭りを終え、その祭りのあと向き合うことになった感情について振り返ってみます。

 

・第1回、片づけ祭り♪

こんまりさんの片づけ方法と、それを知る以前の自己流の片づけ方法、どこが大きく違ったのだろう。。。というか、全てが違っていました。当たり前ですね。

 

けれど、一番の大きな違いは、気持ち、モノへの向き合い方です。 

自己流の片づけのときは、何か仇をやっつけるような片づけ方だった気がします。。部屋をきれいにしたいという前向きな動機よりは、なんだか気持ちが沈んだり、ざわついたり、自分で何をどうしたいのかよくわからないときに、ネガティブな何かを吐き出すように捨てる片づけをしていたというか。

だからなのか、片づけ後に出たいくつものごみ袋は、とてもどんよりした風情でした。。

 

こんまりさんの片づけ方は、モノと向き合う姿勢が丁寧でやさしいです。捨てるものにも感謝して手放す。(モノを擬人化して書かれているので本を読むとよりわかりやすいです。 『人生がときめく片づけの魔法』) 手放すゴミ袋の山でさえ、なんだかポジティブというか幸せな旅立ちを連想します。こんまりさんが片づけの魔法使いだからでしょうか。

 

これまで私も、長年使ったものやお世話になったもの、捨てにくかったものなどを捨てるときは、お清めの塩と称してぱらぱらと塩を振りまき、それから処分していました。それなのに、こんまりさんと違ったのは、やはりそこまで深い愛着や感謝の気持ちがなく、単に形式的に捨てていたのかも、と。。

 

そして、これまでも多少意識はしていたけれど、自分の生活、人生を大切にし愛着をもつ、という要素が決定的に欠けている、、。その事実をモノと向き合うなかで、より強く実感してしまいました。

 

夏祭りの高揚感が去った後の静かな感じ、、。“片づけ祭り”は、私にとってまさにそんな状態に似ていました。

初めての片づけ祭りの直後は、ただ実践できたこと楽しく片づけられたことがうれしく、しばらく余韻に浸れますが、少し時間が経ち冷静になるとよくわかりました。

 

今後さらにものを減らしていけたとしても、生活や人生そのものに対する愛情が薄いと、自分の人生の傍観者になっていると、どれだけがんばっても人生はときめかない、、と。 自分にとってはかなりきついものに向き合うことになってしまったけれど、片づけでここまで感情が動くことも体験できました。

 

これから、さらにモノを減らしコンパクト路線を目指しつつ、日々の生活が楽しくなる片づけをしていこうと思います。

 

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